2012/09/21

現地報告(9/17-21)

活動日:2012.09.17-21
報告者:清水 幹生

917日(月)の活動内容 

首都圏から来た14名、秋田教会のMさんの15名は午前中に用事を済まされ、帰られた。
広島から来られた早島教会の信者Iさんとその友達KさんとKさん、日本橋のIさんを連れて、陸前高田・大船渡・三陸町越喜来の被災地を案内した。 

越喜来では、気仙沼教会の信者Kさんが経営する、仕出し屋さんで昼食を頂いた。
 
 
 
この日はKさん気分が良かったのか、震災時の事を詳しく三人の女性に話されていた。

「被災した時には私は大船渡市にいて、泊の自宅及び経営していた民宿まで帰ったのだが、自宅近くまで帰って来たまでは覚えているが、自分が自宅までどのような道順で帰ったのか、一切記憶がない」と、語られ、「失ったものが大きく、この年になって将来どのように生きて行くのか不安で一杯だ」と語られ時には、話しかける言葉が見つからなかった。 

918日(火)の活動内容

早島教会のIさんはマッサージ師、友達のひとりは美容師さんです。
3人を連れて、小泉小学校仮設住宅に行きました。
7人の人達にマッサージとヘヤーカットしました。もう一名のIさんの友達は、順番待ちの被災者の方々と、おしゃべりしていました。
このおしゃべりは、被災者の気持ちを和らげるのに効果がありました。

ここ小泉町の街は、全ての建物は破壊され流され何も無く、買い物は本吉町まで行かなければならない。当然、散髪も病院も本吉町に行かなければならない。それゆえ、被災者の皆さんは本当に喜ばれていた。

午後一時まで働き、昼食を食べた後仮設住宅を後にして、三人を被災地南三陸町を案内した。
 
919日(水)の活動内容

早島教会のIさんとその友達二人と清水の4人で写真洗浄の作業をした。午後430分までの作業でしたが、Iさんの友達二人は、「洗うと画像が消えて行くので、何とも言えない気持ちになった」と、語っていた。また、「この写真の持ち主はわかっているのだが、身内の誰かが亡くなっているのでしょうね」と、何となく悲しいそうな顔だった。 

920日(木)の活動内容

美紀子先生の91才になるお母さんが、横須賀に帰られるので一ノ関まで送りました。早島教会のIさんと友達二人も広島へ帰られるので、3人も一緒に一ノ関まで送った。

今月の初めから20日まで、忙しかった。
体調も悪く、何とか御用が出来ましたが、ボランティアに来た方々に、十分なお世話が出来ず、ご迷惑をお掛けしました。

921日(金)の活動内容

21日は私の誕生日で、69才になりました。
両親が43才で亡くなりましたので、それに比べると随分長生きさせて頂き、こうして気仙沼で御用が出来るのは、全て神様のお計らいと思っています。
今日の活動は、たまっていた現地レポートの作成と明日の気仙沼教会の霊祭の準備です。
さらには、大人数のボランティア参加者でしたので、寝具の片付け及び部屋の掃除でした。

26日(水)、27日(木)は一景閣の荷物移動と書類整理があります。それに備えて、体調を整えたいと思っています。

気仙沼の防波堤の高さは5mと決まったようですが、一部の町内会が反対しているようです。魚市場から一景閣の前の海岸線は、改修工事がはじまっています。
 
以上で終わります。