2013/06/27

現地報告(6/21-27)

活動日:2013.6.21-27
報告者:清水 幹生

6/21(金)
*東北ひかりツアーの受け入れ準備。 
*現地レポートの作成。 
*東北ひかりツアーのイベント用の買い物。




6/22(土)
*11時13分一ノ関東口で東北応援ひかりツアーの一行50名を迎えた。津波体験館で待っていた芝教会から車で来られた方々3名を加えて、53名の参加者である。
*早速奥州交通の観光バスに乗り込み、平泉に向かう。幹雄先生もいざという時の為に、ステップワゴン車で追走して頂いた。
<中尊寺>









*東北応援ひかりツアーの一日目の様子
行程:6月22日   
東京駅--- 一ノ関駅 ===★中尊寺金色堂≪見学70分≫
===一ノ関=途中トイレ休憩=★唐桑半島・津波体験館≪見学40分≫
===陸前高田≪祈り≫===鹿折(ししおり)≪車窓≫
===気仙沼(ホテル一景閣)
18:30~19:00 ホテルチェックイン、休憩
19:00            夕食・懇親会

*唐桑半島・津波体験館見学後、岩手県高田市の旧市役所跡周りを案内して、追悼の館前で祈りを全員で捧げた。
<津波体験館>






追悼の館前での祈り







*引き続き奇跡の一本松前に行き、津波の凄さを感じて頂いた。7万本有った松の木が津波に流されてその松の木が家などをなぎ倒し、全てのものが無くなった何もない高田の町跡を見て頂いた。参加者の皆さんは何を感じたでしょうか? 








この後皆さん方は一景閣へ向かわれた。清水は越喜来(おきらい)の嘉宝荘で別のイベントがあり、それに参加した。
*一景閣では夕食の前にオーナのSさんが、大震災当日の様子の写真をスクリーンで流しながら約20分間、話して下さった。 

6/23(日)
*東北応援ひかりツアーの二日目の様子
行程:6月23日
 7:00        ホテルにて朝食
 7:50        ホテル屋上にて≪祈り≫
 8:15        ホテル出発
 8:30        金光教気仙沼教会着 参拝、教話(奥原教会長)
 9:20        金光教気仙沼教会出発
 9:40        五右衛門ヶ原仮設住宅着
10:00~11:00 交流会(五右衛門ヶ原仮設住宅集会所にて)
11:10        五右衛門ヶ原仮設住宅出発
11:30~12:40 復興商店街「気仙沼南町紫市場」にて昼食、買い物
南町紫市場===★おさかな市場≪買い物≫===★南三陸町防災庁舎≪祈り≫
=途中トイレ休憩=くりこま高原駅
くりこま高原駅---東京駅

*朝、一景閣の6階のテラスにて祈りを全員で捧げた。
この6階の部屋で83名の方が3日間過ごされて助かっておられる。テラスからこの83名の方達は、「助けてくれー」と云って流されて行く人々を、助ける事も出来ずにただただ見過ごす事しか出来なかった心内は、どんなに悔しく辛い事であったであろうか!!
参加者の皆さんは、そんな当時の様子を思いながらの御霊様の助かりを願いつつの祈りであったでしょう!!




*その後、バスで気仙沼教会に参拝し教会長先生の奥原先生から教話を頂いた。





*気仙沼教会を後にして、五右衛門ヶ原の仮設住宅に向かい被災者の方達とおちゃっこをした。
運動場仮設住宅と野球場仮設住宅とテニスコート仮設住宅の3班に分かれてのおちゃっこであった。一部の仮設住宅から、住民の声としてタオルケット等の寝具類の要望があった。また、お年寄りが多く、「病院に行くのに以前は地元の人が車を出してくれて送り迎えして下さったが、今はそれもなく、バスはあるが便利が悪い。何とかボランティアして貰いたい」と、云う要望もあった。タクシーを利用すると往復4,000円掛かるそうである。
当初、心配されていた被災者の方達との対話も大きな成果をあげたようで、1時間が短く感じられたようである。








*五右衛門ヶ原の仮設住宅を後にして、南町紫市場に引き返し昼食を2班に分かれて頂いた。買い物も済ませ、さらに魚いちばで多くのお土産を買って、気仙沼を後にした。




*南三陸町の志津川までの間、小泉小学校のある高台まで行き、津波の教訓を後世に伝える為に大きな一枚岩の碑を建てた様子を見学した。この碑は海に面して、眼下は津波により小泉の町が跡形もなく無くなっている様子が良くわかる場所である。
*志津川の防災センター前で全員で祈りを捧げた。この防災センターでは、結婚をまもなく迎えんとしていた女性職員が避難するようにアナウンスし続けて、いよいよ危ないと思い屋上に逃げる途中で津波に流されて、命を落としている。この防災センターは取り壊す事になっていたが犠牲者の家族たちの、「残してくれー」と、云う要望で取り壊しは免れて多くの参拝者が訪れている。






*防災センターを後にして志津川の町が一望出来る志津川中学校の有る高台まで案内した。ここで清水は皆さんとお別れした。皆さんは新幹線乗り場のくりこま高原駅に向かわれた。芝教会から車で来られた3人の方もここでお別れした。
やはりお別れは寂しいですね。バスや車が見えなくなるまで手を振り見送った。清水はそのまま暫く志津川の町跡をみてまわり、気仙沼に帰った。
*バスの中では、2年間滞在して得た情報や復興への道のりを見て来た事を語りました。皆さんにどれだけの事が伝えられたかはわかりませんが、被災地・被災者の方々と接しより多くの事が実感出来たのではないでしょうか!!
有難う御座いました。御礼申し上げます。

6/24(月)
*午前中から越喜来(おきらい)杉下仮設住宅・甫嶺(ほれい)仮設住宅配付用のチラシ作りに取り掛かった。このチラシは吉見音楽コンサートのもので、29日から30日の二日間開催される。
*午後はテニスコート仮設住宅を訪れた。27,28日に来られる群馬・埼玉の女性教師の方達が、「被災者の方々とおちゃっこを」と、云う要望があり最後の詰めで会長のMさんに会いに行きました。昨日のおちゃっこの話が出て、皆さん方非常に喜ばれていました。
特にある教会のUさんを見て、「あれ、あの人テレビに出ている人よね!」と、かなり浮き浮きとしテンションが上がっていたようですよ。Uさんモテて良いですね!!

6/25(火)
*午前中に越喜来(おきらい)杉下仮設住宅・甫嶺(ほれい)仮設住宅にチラシの配付に行った。ちょっと嘉宝荘により、Kさんとおちゃっこしながら、7月7日の大震災2年祭に参拝されるように案内した。
*午後は、西八幡前仮設住宅と田中前公園仮設住宅で行われる予定の吉見音楽コンサートのチラシ作りに取り掛かった。
*夜9時からフォーゲル倶楽部のスカイプ会議に参加した。東北応援ひかりツアー反省会を兼ねた会議でした。60歳以上のお年寄り組ですが、(いや一人50代のOさんが居た)私の心強い仲間たちです。ドリームキャンプの話もありました。気仙沼からの参加者は40名以上になるかも。東京方面からは今のところ19名だとか!若いスタッフが多く参加して欲しい。
東北応援ひかりツアーの仮設住宅でのおちゃっこの様子も話題になっていた。

6/26(水)
*午前中、ある仮設住宅に行き吉見音楽コンサートのポスター見せて最後の詰めを会長と打ち合わせた。その後、住民のAさんも加わりおちゃっこした。その中で、「鹿折(ししおり)に津波により家をなぎ倒しながら流されて来た大型貨物船は、取り壊しが定した。折角そうなったのに、行政は、取り壊すか残すか市民にアンケートを取って決めると、言い始めたのよ!また蒸し返しよ、こんな事では何時になったら、私たちの生活基盤が決まるのかわからない!」と、云っていました。ガレキは片付いて来たが復興への道のりは厳しい。
*ある仮設住宅から帰り、27,28日の群馬県・埼玉県の群埼(ぐんさい)女性フォーラムの方々の会合用の買い物に出かけた。
*夕方、田中前公園仮設住宅に吉見音楽コンサートのチラシの配付に行った。

6/27(木)
*午前中、cadoccoの掃除を幹雄先生と二人で行った。
*午後からは現地レポートの作成に取り掛かった。
*群馬県・埼玉県の群埼女性フォーラムの方々10名が16:30頃気仙沼教会に到着した。17時から、奥原気仙沼教会教会長先生の講話を約1時間30分受けられた。その後夕食を頂きながら談話が始まりました。そして、宿泊先の一景閣に向かわれた。












以上です。