2014/11/30

現地報告(11/4-7)

活動日:2014.11/4-7
報告者:高橋修一 (金光教岡東教会)


11月4日~11月7日


 
 乙島教会の岩本信治先生が、8月に音楽イベントのボランティアをされた時のお礼のあいさつに伺われるのに同行させていただき、この度初めて東北を訪れました。岩本先生と、岡東教会の青年信奉者と、私の計3人での訪問でした。
 
 4日の午後3時頃に気仙沼教会に到着し、お広前に参拝した後で、教会長先生から、震災当初のお話を頂きました。ご自身や奥様も、大変なお繰り合わせの中で難を逃れられた話や、ご信者さん方が何人も、ぎりぎりのところで命が無事だったお話を聞かせていただき、神様を感じるとともに、本当にすさまじい状況であったのだと思わせられました。また、被災者やボランティアを受け入れられていた思いの基にある、畑一先生の教えや、震災直後から時間がたつにつれての教会長先生の心の変化について、なども教えていただき、ありがたいお話でした。
 
 その後、岩本先生の案内で、気仙沼港周辺を見学させていただきました。建物の基礎しか残っていない場所もある一方で、ホテル一景閣のように立派に復興した建物もありました。全体的には、土地のかさ上げ工事が進められ、そのため商店街もまだ仮設であり、落ち着かない状況が今も続いているのだと感じました。
 
 翌日の朝は長部の仮設住宅に、お米と水を届けに伺いました。毎月気仙沼教会が支給されているそうで、そうした継続的な支援は尊いことだと、ありがたく思わせていただきます。
その後、南三陸町の防災センターを見させていただき、午後からは五右衛門ヶ原仮設住宅訪問、陸前高田市見学、越喜来の杉下仮設住宅訪問をさせていただきました。
 
  南三陸町 防災センター跡
 
 
五右衛門ヶ原では、自治会長さんや夏に深く関わった方が留守でしたが、日中の暖かい日差しの中、住まれている方数名が仲良く話をされている様子を見させていただき、こちらも嬉しくなりました。津波の被害が大きかった陸前高田市では、巨大なベルトコンベアーを使った大規模なかさ上げ工事が行われており、人が落ち着いた生活を営むまでには、まだ相当な時間と労力がかかるな、と思いました。また、山を削って十数メートルもかさ上げするという大きな工事をして、別のところで何か問題や被害がでなければいいがなという思いがわき、しかし一方で、被災した方々にとっては、もとの低地にはとても住めないという気持ちがあることも思うと、これからのあり方は難しいところであるな、と考えさせられました。杉下仮設住宅では、3名の常駐の支援員の方にお話を伺い、徐々に見通しが立ち始めてはいるが、金銭面や人間関係の面で仮設から出るのも苦労があることを教えていただきました。
 
 
 陸前高田市の土砂を運ぶベルトコンベア
 
この日は、気仙沼教会の信者の方が経営されている嘉宝荘に宿泊させていただきました。建物や財産をすべて失われたところから、友人の励ましを受けて再び始められたそうで、ものすごいことだと思わせられました。女将さんが、「震災後すぐに、世界中から支援物資が届いたり、ボランティアが来てくれて、雨風をしのげる仮設住宅もできて、ありがたい時代だよ」とおっしゃっていたのが印象的です。
 
 嘉宝荘での夕食
 
翌日は、宮古市田老の仮設住宅に行かせていただきました。とても大規模な仮設住宅で驚きましたが、そこでも、徐々に公営住宅に移る人は出てきているが、出ることが難しい人や出たくない人もいるそうで、完全に解決するまではここから本当に長い時間がかかることを感じました。そこは雪が多い地域だそうで、仮設住宅の方々が無事に冬を越されることをお願いさせていただきました。
 
 
 
 昼食を田老の仮設商店街で頂いて、気仙沼教会に向かいました。途中で浄土ヶ浜に寄りましたが、そこはすっかりきれいになっていて、観光客もいました。津波により大きな被害をもたらした海ですが、大きなお恵みも与えてくださり、その恩恵を頂きながら、生かされながらの私たちなんだと思わせていただきました。
 
 浄土ヶ浜
 
 18時頃に、黒崎仙峡温泉にも寄りました。そこで1人のおじいさんと少し話をさせていただいたのですが、その方も、「多くの支援を頂いてここまでこられた。昭和の時代では考えられないし、ありがたい時代だ」と、感謝の思いを述べられました。被災された方はどなたも大変なご苦労をされてこられていますが、そのような中でも、感謝の思いを持つことができるようになってきたのも、復興が進んできている一つの表れであると思いました。
 
 気仙沼教会から田老の仮設住宅まで、車で片道約5時間でしたが、道中至る所で津波の被害の後が残っており、工事もすっと続いていて、本当に広範囲にわたる被害であったのだと驚きました。そして、お話を伺ったり、見学させていただく中で、震災・津波からの復興と、そこからさらに、若者の都市部への流出や高齢化といった、他の地方でも抱えている問題にも取り組まなくてはいけないのだなと感じました。気仙沼の周辺も、人通りがまばらで寂しい印象がありました。しかし、そのような状況の中でも、一生懸命商店街の復活に取り組まれている方々のことや、奥原幹雄先生の臨床宗教師としての新たな展開について聞かせていただくと、こちらとしても元気を出して、少しでもお役に立つ働きをさせていただきたいと思わせていただきました。
  
 
 
 一日も早い復興をお祈り申し上げます。