2012/09/29

現地報告(号外編)


号外編(活動日:2012.09.29)
報告者:清水 幹生
 
*号外1: 本吉町小泉中学校避難所近くの、「キツネのお嫁さん」のお話*

この話は、毎年5月に山口県宇部市の宇部祭りに行われる、「キツネのお嫁さん」と云う行事があります。

阪神大震災からのボランティアの仲間と私が、4月にトレーラで水20トンを小泉に持って行った。その情報を得た宇部市の担当者から、「小泉の方で誰か結婚式を予定している人を紹介して欲しい(もし挙げることができないでいらっしゃったら、宇部祭りの「キツネのお嫁さん」で式を挙げてもらえれば・・・)」と、依頼された。
仲間たちが、小泉中学校避難所の近くの人からMさんと云う方を紹介された。Mさんの息子さんが震災前に結婚が決まっていたが、震災の為に結婚式を挙げる事が出来なかったと云う事実を聞き、Mさん夫婦と息子さんと、彼のお嫁さんになる方に会った。
「キツネのお嫁さん」の事を話して了承して頂き、宇部で結婚式を挙げる事が出来た。

昨年の7月頃、宇部の新聞記者と私が、小泉の仮のお住まいに居られるMさんを、お訪ねして再会した。息子さん夫婦とMさん夫婦は別々の仮設住宅に入って居る事も、この時初めて知った。 

私が小泉にこだわったのは、この、「キツネのお嫁さん」があったからです。
お式のときには、Mさんがどこの仮設住宅に住んでいるのか聞いていなかったのですが、小泉中学校仮設住宅に水を持って行くようになってから地元の人に、「キツネのお嫁さん」の話しをしたら、「近くの仮設住宅にMさん夫婦が入って居るよ」と、教えてくれた。いつも水を配布している仮設住宅だった。
その仮設住宅の近くの高台に、Mさん夫婦は自宅を新築中である。完成したら、息子さん夫婦と同居されるらしい。
何だか自分の事のように、嬉しくなりました。

*号外2: 信者Nさんのご長男が車にはねられる*

支援機構に軽トラを安く納めて下さった、気仙沼教会の信者さんNさんのご長男が二週間前に車にはねられ、意識が帰らないまま、昨日亡くなられました。
ひかり自動車の跡継ぎとして活躍されていた。
教徒ではありません。今日(29日)の夕方5時からお通夜で、明日の30日午後1時から、仏式で葬儀が行われます。

亡くなられたNさんのご長男の名前は、奥原先生が付けられたようで、奥原先生ご夫婦の悲しみは深い。側に居る私に、その悲しみが伝わってくる。
亡くなられたご本人のご冥福と、N家の立ち行きをお祈りしています。

*現地スタッフの呟き
何が起こるのかわからないのが人生、私も色々な難儀を多くして来て、「何故こんなに苦しまなければいけないの」と、難儀に出会うたびに思いました。あまりの辛さと悔しさで、ご結界に行き、「何故助けてくれないのですか」と、畳を叩きながら悔しさで涙を流しながら、教会長先生に訴えた若い時代がありました。
やっと69才になって過去を振り返ってみると、お陰を頂いている事実に気が付く。まだまだ、難儀な事がありますが、神様に食らいついて行くしか、助かる方法はない。
理屈はいらない、とにかく神様に体当たりして行くしかないのです。時期がくれば、神様の思いがわかって来る筈です。
さあ、今日も元気な心で生きて行こう。

終わります。

2012/09/28

現地報告(9/26-28)

活動日:2012.09.26-28
報告者:嶋田 洋

26日(水)
夜行バスにて今朝現地入りしました。
本日はホテル一景閣での荷物移動と写真洗浄プロジェクトの手伝いがあり、昨夕からM氏(秋田教会)、本日W師ご夫妻(一関教会)が来てくださいました。
午前中は、W師とM氏、私の三人が一景閣にて3階の廃棄書類を1階駐車場へ運び、清水氏とW師夫人が写真洗浄プロジェクトに参加しました。ただ一景閣の本格的な工事が始まるのがもう少し先になったということから、本日の作業は廃棄書類の移動のみということ、またエレベーターと台車が使えたということもあり、午前中でホテル一景閣の作業は終了しました。
そういうことで、午後からは全員で写真洗浄プロジェクトに参加しました。その後、M氏は帰路につかれました。

27日(木)
 昨日の荷物移動で脇下が筋肉痛。W師ご夫妻(一関教会)と清水氏、私の4人で、2週間ぶりのcadocco清掃を行いました。その後、W師ご夫妻は、帰路につかれました。

28日(金)
 清水氏は、午前中、写真を渡すために小泉地区の仮設住宅自治会長を訪ね、今後のボランティア活動について、懇談してきました。また、午後は支援物資用の米を注文してきました。

 W師ご夫妻も仰ってましたが、今年は水不足の影響で米の出来が悪いそうで、先の米の注文でも、来月から10kg千円値上がりするとのことです。
以上

 

2012/09/25

現地報告(9/24-25)


活動日:2012.09.24-25
報告者:清水 幹生
 
924日(月)の活動内容

今日は、美紀子先生をふれあい相談室にお送りした後、紫会館の避難所時代から溜まっていた不要品・ゴミ・境内に残っていた不要品等をゴミ処理場に持って行った。軽トラで4往復し、教会にあった不要の自転車2台も処分した。
時折、雨も降る中、社長さんのOさんと大学生4人の計6名での作業でした。大学生は紫会館を頼りに、「何かボランティアする事はないか」と、坂本さんを訪ねて来た人達です。今までも多くの大学生達が来ている。私も、時折彼等を連れて作業に出かけた事があります。

925日(火)の活動内容

朝、昨日と同じように美紀子先生をふれあい相談室にお送りした。

その後、水(1本2リットル入り)104本を車に積み込み、蔵内の仮設住宅と小泉小学校仮設住宅、さらに松崎柳沢仮設住宅に届けた。
蔵内仮設住宅ではSさんと話が出来て、「近い内に自宅を建設する予定」と話された。また、建設予定地の草取りをしたいようなので、手伝う事にした。
蔵内の地は、海辺の近くの低い所には家は建てられず、全て高台である。現在、仮設住宅の周りの高台には多くの家が建ちはじめている。
小泉小学校仮設住宅では、Oさんと云うおばあさんが部屋に招いて下さり、しばらくお喋りして帰りました。

松崎柳沢仮設住宅には午後4時に届けた。住民の中に、「私はね昔南町でそば屋を開いていて、金光さんは良く知っているよ」と、とても親しげに話しかけて来られたおばあさんが居ました。

*106(土)、7(日)、8(祝)のボランティアの依頼*
南町紫市場の坂本さんから、「106,7,8日は気仙沼Tシャツアート展2012が開催され、南町紫市場が本部になる。仕事内容はわからないが、毎日56名必要です。なんとかならないか」と、依頼がありました。
支援機構の方で呼び掛けて頂けませんか?

宜しくお願いします。

*美紀子先生のふれあい相談室について*

美紀子先生は、ふれあい相談室に相談員として御用されています。
私は、その美紀子先生の働きで、気仙沼の人達を知る事が出来て、ボランティア活動では非常に助かっています。感謝感謝です。

*現地代表代行完了*

今日で現地代表代行は終わります。明日からは、現地代表嶋田先生が帰って来られますので、バトンタッチいたします。
この約1ヶ月間、有難うございました。二年目の後半、半年間を現地スタッフとして活動してまいりますので、ご支援宜しくお願いします。

以上で終わります。

2012/09/23

現地報告(9/22-23)


活動日:2012.09.22-23
報告者:清水 幹生
 
922日(土、秋分の日)の活動内容 

午前中、霊祭準備のお手伝い。 

午後1時から霊祭に参拝。
我が祖先の御霊様に思いを馳せて、お祭りに就いた。昨年から今年、我が教会の霊祭に参拝出来ず、我が家の霊前にも、お礼の参拝も満足に出来ていない。
気仙沼教会のご神殿前で、「お父さん、お母さん、兄さん、そして清水家代々の御霊様達、本当にごめんなさいね。宇部を離れて遠き気仙沼の地から、今日までお守り頂いて来た事にお礼申し上げます」と、お礼参拝出来ました。 

霊祭後、越喜来から数名の方が、「霊祭の時間には仕事が入っていますのでお参り出来ません、午前中に時間の都合が出来ましたので、参拝させて頂きました」と、教会長先生から聞き、「ああ良かったなあ、お蔭頂いた」と、感謝の気持ちで一杯になりました。
一番気に掛かっていた人達でしたから、喜びは大きい。
Oさん、Sさん、一景閣のオーナーご夫婦も、教会の中心となる人達が参拝されて、仕事の話しや、気仙沼のフカヒレの流通について、面白い話も聞く事が出来ました。
顔が明るくなりました。復興はまだまだ先が長いけれど、何となく力強さを感じました。信心の復興は、近付いているのでは、ないでしょうか!

923日(日)の活動内容

朝から陸前高田の小友に住んでいるFさんの散髪屋さんを訪ねた。
お客様があり、話は殆ど出来ませんでした。でも、訪れる方があるのだと思い、話が出来なくて残念な反面、安心しました。
この小友は広田半島の首根っこで、広田湾と門之浜湾の両方から来た津波が押し寄せて、この小友あたりでぶつかり合ったと聞いている。田んぼは海水で侵され、米の栽培は不可能である。
Fさん宅は、田んぼよりやや高台にあったが、津波は意外に巨大で、自宅は津波で田んぼの中に引き込まれしまった。
Fさんを通じて、Fさんの近所にお米を届けたいと思っており、事情を聞きながら成就出来るように、心掛けて行きます。下の写真、コスモスの花の向こう側にある小さなプレハブハウスが、Fさんが経営する散髪屋です。
 

 
午後から美紀子先生に手伝って貰って、宇部から持って来たお米を、約3kgに小分けしトータルで17袋作った。
それを、陸前高田市気仙町要谷の仮設住宅に届けた。要谷仮設住宅には7月に訪問し、お米を希望されたので、8月から届けている。やはり、ここも老人が多い。

以上で終わります。

2012/09/21

現地報告(9/17-21)

活動日:2012.09.17-21
報告者:清水 幹生

917日(月)の活動内容 

首都圏から来た14名、秋田教会のMさんの15名は午前中に用事を済まされ、帰られた。
広島から来られた早島教会の信者Iさんとその友達KさんとKさん、日本橋のIさんを連れて、陸前高田・大船渡・三陸町越喜来の被災地を案内した。 

越喜来では、気仙沼教会の信者Kさんが経営する、仕出し屋さんで昼食を頂いた。
 
 
 
この日はKさん気分が良かったのか、震災時の事を詳しく三人の女性に話されていた。

「被災した時には私は大船渡市にいて、泊の自宅及び経営していた民宿まで帰ったのだが、自宅近くまで帰って来たまでは覚えているが、自分が自宅までどのような道順で帰ったのか、一切記憶がない」と、語られ、「失ったものが大きく、この年になって将来どのように生きて行くのか不安で一杯だ」と語られ時には、話しかける言葉が見つからなかった。 

918日(火)の活動内容

早島教会のIさんはマッサージ師、友達のひとりは美容師さんです。
3人を連れて、小泉小学校仮設住宅に行きました。
7人の人達にマッサージとヘヤーカットしました。もう一名のIさんの友達は、順番待ちの被災者の方々と、おしゃべりしていました。
このおしゃべりは、被災者の気持ちを和らげるのに効果がありました。

ここ小泉町の街は、全ての建物は破壊され流され何も無く、買い物は本吉町まで行かなければならない。当然、散髪も病院も本吉町に行かなければならない。それゆえ、被災者の皆さんは本当に喜ばれていた。

午後一時まで働き、昼食を食べた後仮設住宅を後にして、三人を被災地南三陸町を案内した。
 
919日(水)の活動内容

早島教会のIさんとその友達二人と清水の4人で写真洗浄の作業をした。午後430分までの作業でしたが、Iさんの友達二人は、「洗うと画像が消えて行くので、何とも言えない気持ちになった」と、語っていた。また、「この写真の持ち主はわかっているのだが、身内の誰かが亡くなっているのでしょうね」と、何となく悲しいそうな顔だった。 

920日(木)の活動内容

美紀子先生の91才になるお母さんが、横須賀に帰られるので一ノ関まで送りました。早島教会のIさんと友達二人も広島へ帰られるので、3人も一緒に一ノ関まで送った。

今月の初めから20日まで、忙しかった。
体調も悪く、何とか御用が出来ましたが、ボランティアに来た方々に、十分なお世話が出来ず、ご迷惑をお掛けしました。

921日(金)の活動内容

21日は私の誕生日で、69才になりました。
両親が43才で亡くなりましたので、それに比べると随分長生きさせて頂き、こうして気仙沼で御用が出来るのは、全て神様のお計らいと思っています。
今日の活動は、たまっていた現地レポートの作成と明日の気仙沼教会の霊祭の準備です。
さらには、大人数のボランティア参加者でしたので、寝具の片付け及び部屋の掃除でした。

26日(水)、27日(木)は一景閣の荷物移動と書類整理があります。それに備えて、体調を整えたいと思っています。

気仙沼の防波堤の高さは5mと決まったようですが、一部の町内会が反対しているようです。魚市場から一景閣の前の海岸線は、改修工事がはじまっています。
 
以上で終わります。

2012/09/16

現地報告(9/16)

活動日:2012.09.16
報告者:清水 幹生

916日(日)の活動内容

15日に15名、16日朝1名、夕方3名のボランティア参加者が到着し、清水を含めて総勢20名となった。

活動1: 気仙沼教会信者Sさんの会社事務所の二階にある荷物を、一階に全部移動する作業と窓ガラス拭き作業に取り組んだ。
秋田教会の信者Mさんを含めて16名及び、Sさんを入れて17名で作業に取り掛かった。
Sさんの指示の下、朝9時から僅か2時間でほぼ作業は完了した。
暑い中、昨日から作業していた清水、日本橋教会のIさん、Uさんの3名はいささかバテ気味だった。Sさんから全員に頂いた冷たい飲み物は、本当に美味しかった。

その後は、二手に別れて、一方は午後から行われる五右衛門ヶ原テニスコート仮設住宅での、草刈り後の焼き肉パーティーの材料を買い出しに、他方は、作業の後片付けをした。 

Sさんは、「震災後一年と半年になって、やっと片付いたよね清水さん」と語り、「この事務所の状況を見ていたら、一人では何もやる気が起こらなかった」と、心中を語ってくれた。被災者でない私には、御本人の深い悲しみ・悔しさ・辛さは到底推し量る事は出来ない。黙って聞き、我が身に取り込むだけだった。
あとは、黙々と働くのみでした。
作業に参加して下さった方々、本当にご苦労様でした。 

活動2 :昼食後、230分、草刈りの道具を準備して17名で、五右衛門ヶ原テニスコート仮設住宅に向かった。既に仮設住宅の人達は待っておられた。

3時に草刈り開始、花壇の周り・土手・仮設住宅の東側・北側・駐車場のある南側と広範囲であった。朝方の作業で疲れていたであろうに、皆さん方は黙々と働いた。仮設住宅の人達も20名以上の方々が参加していた。
仮設住宅の人達は、殆ど60才以上である。

 
 
 

 
 
 

 

2時間後の5時には、全て作業は終わりが本当にきれいになった。
 
 
 
 
 

 

 
 
 
5時からは、焼き肉パーティーが開始され、50名以上の人出となった。この仮設住宅は60才以上の方々が殆どで、他の仮設住宅に比べてまとまりが非常に良い。ただ、子ども達が居ないので、寂しい。
それゆえ、東京の学生寮の人達が行くと、とても喜ばれる。

 
 

 
 
 
 
 
 
 信者さんでない方々の中で、初めて参加された方の中にシェフをしておられた方が、焼き肉の味付けをして下さり、皆さん方に喜ばれた。またその方は、仮設住宅の人達一人一人と語り合っていた。素晴らしい感受性の持ち主であるように感じた。
 
 

他団体名のボランティアの方々も数人に参加されて、「お互いに協力して行きましょう」と、交流が出来たのは良かった。
団体名は確か、埼玉県の学校の先生方でしたが、みな定年退職されている方々でした。団体名は「きずな」だったと思う。
7時までの2時間を有意義に過ごし仮設住宅を後にした。

*焼き肉パーティー後の様子と被災地の人間関係を見聞きして、思いを語る。
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
教会に帰ったら奥原先生が待っておられて、「今からミーティングするんだろう」と、言われたら、「先生ミーティングしても良いけれど、皆さん方汗臭いですよ」と、ある人が言った。先生は、「臭いのは嫌だ先に風呂に行け」と言われたので、皆さん方全員、風呂に行く事が出来ました。朝から連続の暑い中での作業でしたから、汗臭いのは当たり前です。良く皆さん方、頑張りました。
風呂が終わりミーティングしましたが、中にはもう目が閉じている人もいました。

それでも、ジャズバー・バレンタインに行った。
バレンタインのオーナーは、いつも「金光さんのお陰でこのように店を開く事が出来ました本当に有り難う」と、感謝される。いまでも店の周りは、大潮になると雨水溝を通じて海水が上がって来て、水浸しになる。
バレンタインのオーナーは最初、南町紫市場の仮設商店街入る予定だった。しかし、仮設商店街の建物では、あの素晴らしき音楽の音は出せない。思いきって、津波で破壊された店を片付けて、リフォームしていち早く開店した。

しかし周りの人々の妬みを受け、辛い思いをしている。
南町紫市場の中でも、仮設住宅の中でも色々と妬みや愚痴をしばしば聞く。
これが人間社会の実態である。
災害があれば、人間の醜さは鮮明に浮き彫りされてくる。

金光ボランティア側でも、色々と考え方の違いがあり、問題が出て来る。教祖の、「人が助かりすればそれで結構でございます」という教えに背いている気がして、時には嫌になり、「もう宇部に帰りたいなあ!」と、最近は思う事が多い。

でも、「清水さんまた来てね」と、被災者の感謝の言葉を聞けば、「帰りたいなあ!」という思いは、吹っ飛んでしまう。
「人間は、どうして生まれ、どうして生きているかということを知らねばなりませんなあ」という、教祖の教えを今一度思い返し、取り組まねばと思っている。
終わり

2012/09/15

現地報告(9/14-15)

活動日:2012.09.14-15
報告者:清水 幹生
 
914日(金)の活動内容

15日からの約20名のボランティアの受け入れ準備。
1, 金光会館とボランティアハウスの掃除及び寝具の準備
2, ボランティアハウス周辺の草刈り

この日も非常に暑く、午前中の各部屋の掃除だけですっかりバテました。

でも午後からはボランティアハウス周辺の草刈り。
こまめに草刈りをしていたが、雑草は強くて成長が早い。ボランティアハウスに入る前の道は草が覆い茂っていて、歩いていると足のすねに草があたり夜だと気持ち悪いので、気を取り直し作業に取りかかった。かなり腰に負担をかけるほどの作業量で、この日は完全にグロッキーでした。
でも奥原先生が金光会館のゴム長靴を片付けて下さったので、一つ作業が無くなり助かりました。

915日(土)の活動内容

気仙沼教会の信者Sさんの会社事務所の清掃作業でした。

Sさんの会社事務所は港から近く、大津波の被害を受け、建物こそ倒れなかったが、事務所と住まいの建物内部は、汚泥で大変な状態だった。住まいの建物内は汚泥を片付け、高圧洗浄を昨年終わらせていました。事務所の二階の荷物を、事務所の後ろ側にある住まいの建物に移し、事務所は業者により最近取り壊されました。

今回は、住まいとして使用していた建物を事務所に改築するために、荷物の片付け・高圧洗浄の作業に取り組みました。作業参加者は、日本橋教会の信者Iさん, Uさんと清水及びSさんの4人でした。
夕方4時までの作業でしたが、暑さで皆さん疲労困憊でした。
亀の湯の銭湯で汗を流すと、息を吹き返しました。
皆様、ご苦労様でした。
以上

2012/09/14

現地報告(9/12-13)

活動日:2012.09.12-13
報告者:清水 幹生

912日(水)の活動内容
 
 勝浦教会のT師と娘さん、清水の三人で写真洗浄に行きました。T師は、写真洗浄は唐桑の体育館以来、久し振りでした。娘さんは初めての気仙沼でした。親子で来られてボランティアするという事、なんて素晴らしい親子なんでしょう。

 夕方330分まで作業して、被災地陸前高田を案内した。T師が今まで訪問していない海岸線を案内したが、未だ防波堤は修復されず、津波のパワーの凄さを感じさせられた。
 あの奇跡の一本松は、保存するため伐採され、名古屋に送られ、加工された後、再び蘇るという事で、我々が訪れた時は、すでに伐採されていた。何か寂しさを感じました。
 帰りに、広田湾沿いに小友という場所があり、以前ボランティアで家の後片付けをした散髪屋のおばあさんを訪ねた。元気そうだったので、安心して気仙沼に帰った。

913日(木)の活動内容

 奥原先生のお供をして、大島に渡り信者さん宅を慰問した。霊祭用の榊を採り教会に帰った。
 突然、太陽電気工業という会社の会長Kさんという方が教会に来られた。金光教の信者さんではないが、本部の電気関係の仕事を請け負っておられる。浦和教会の信者さんOさんの紹介で清水に会いに来られた。
 滞在時間が2時間30分しかないので、陸前高田と気仙沼を案内した。
 Kさんは心臓の手術をしておられ、体調は万全ではないのに、「今回を逃したら二度と来れないと思ってやってきました」と、語って下さいました。Oさんは被災地を訪れて見る事の大切さを、このKさんに伝えられた。
 改めて、人に伝える大切さを教えて頂いた。
 神様、お計らい有り難うございました。

 以上で終わります。

2012/09/11

現地報告(9/9-11)

活動日:2012.09.09-11
報告者:清水 幹生
 
9月9日(日)の活動内容
1, 午前中はボランティア受け入れ準備。

2, 15時よりバグパイプの演奏会
 14時、五右衛門ヶ原運動場仮設住宅に向かう。すでにバグパイプ演奏者の一行は現地に到着していた。演奏会は一時間でした。住民の方々は、50人ぐらいでした。
 夏の夕べに集会所の外にベンチや椅子を並べて座り、演奏を聴いた。スコットランドの珍しい楽器の音色に心を奪われ、住民の気持ちを穏やかにさせてくれた。




 演奏後、演奏者と南町紫市場の寿司屋で夕食をした。そして、「これからも協力し合いボランティア活動をして行きましょう」と、心強い協力者を得た。

910日(月)の活動内容

1, 午前中に五右衛門ヶ原運動場仮設住宅に、幼児用の歩行器一台を支援した。気仙沼教会にあった幼児用の歩行器を、役に立たせる事ができました。
以前から運動場仮設住宅の住民から頼まれていたので、何とか約束が果たせた。歩行器は集会所で利用される。
 
2, 午後は気仙沼教会の月例祭にお参りした。

911日(火)の活動内容

1, 午前中、小泉小学校仮設住宅及び蔵内仮設住宅にお水を配布した。
 30所帯に96(一本2リットル入り)配布したが、微々たる支援、でも今の我々の支援体制では、これ以上の支援は無理だ。

2, 午後は、新月地区支援者ミーティングに出席
 新月地区にある仮設住宅に支援しているNPO法人や各ボランティア団体が集まり、各仮設住宅の問題点を出し合い、検討している。
 今日はあまり意見は無く、各団体の活動状況を報告する程度で終わった。

以上

2012/09/09

現地報告(9/7-8)

活動日:2012.09.07-08
報告者:清水 幹生
 
9月7日(金)の活動内容

1, 五右衛門ヶ原運動場仮設住宅訪問
  朝9時、御幸教会のOさんと清水で、五右衛門ヶ原運動場仮設住宅に行きました。
 目的は、Oさんに仮設住宅の様子を知ってもらう事と、9日に行うバグパイプ演奏会のチラシを配布する事でした。

2, 被災地へ案内
 御幸教会のOさんを被災地に案内した。
 Oさんは大学で工学部に通っている。「来年は四年生で今年の終わり頃から就活が始まるので、出来るだけ多くの被災地を見ておきたい」と云う願いもあり、岩手県大槌町、釜石、越喜来、大船渡、広田半島、陸前高田等の海岸線を見学した。
 彼は工学部で機械を専攻しているので、海岸線の防波堤の破損状況を見せて、勉強させたかった。事実彼は、160枚以上の写真を撮っていた。彼には、「こうして自分の目で現場を見ると、真実がわかるだろう。企業に入り、いきなり設計に従事するより、まず現場で勉強する方が、実際に設計する時に力を発揮できると思う」と、自分の現役の頃を思い出しながら語った。
「ボランティアにきても何も仕事が無かった」と、ボヤキを聞く事があります。
 このOさんのように、被災地を見て勉強になる事は多くあります。
「ボランティアに行って何か仕事があるだろうか?」ではなく、自分でまずは足を運び、被災地を見る事が大切と思います。

98日(土)の活動内容

1, 御幸教会のOさんを送り出した後、金光会館の掃除及び布団干し・シーツの洗濯

2, 五右衛門ヶ原テニスコート仮設住宅から呼び出しがあり、訪問。
 内容は16日の草取りとその後のバーベキューの打合せだった。昼食に、カレーライスを頂きながら、10人の方々と談話しながら楽しく過ごさせて頂いた。

3, 915日(土)15時より、紫神社でかぼちゃ祭りが行われる。
 そのために、境内の大掃除と草取りが行われた。その時、草取りした草を処分場に運ぶために、軽トラで2往復した。昨年からお世話になった紫神社及び紫会館、避難していた人々、感謝の気持ちが薄れている気がする。一部の人を除き、殆どの人が、境内を掃除する人はいないし、訪れる人も少ない。
 私もお世話になったのであるから、感謝の心を忘れないように心掛けて行きたい。
 せめて、かぼちゃ祭りに多く人が来れば良いのだが!

以上で終わります。

2012/09/06

現地報告(9/5-6)


活動日:2012.09.05-06
報告者:清水 幹生
 
95日(月)の活動内容

御幸教会の若先生のK師、信者のOさん、常盤台教会の信者Mさん、熱田教会の信者Oさんと清水5人で写真救済プロジェクトに参加しました。
清水以外の方々は、写真洗浄は初めての方々でした。一日中、暑い中を、写真の映像が水で洗うと消えて行く様子に心痛めながら、作業に取り組んでおられました。
常盤台教会のMさんは、写真洗浄作業を終わらせた後、東京へ帰られました。

96日(火)の活動内容

朝食後、御幸教会の若先生K師は、広島へ帰られました。
御幸教会のOさん、熱田教会のOさんと清水は、cadoccoの清掃に行きました。床・窓ガラス・鏡の一週間の汚れを落としました。
清掃途中で、美紀子先生がアイスクリームを差し入れて下さった。汗でびっしょりだったので、このアイスクリームは効果満点で、体が涼しくなりました。
清掃作業完了後、御幸教会のOさん、熱田教会のOさんお二人を、南三陸町の被災地を案内した。
熱田教会のOさんは被災地見学後、高速バスで名古屋に帰られました。

以上で終わります。

2012/09/04

現地報告(9/3-4)

活動日:2012.09.03-04
報告者:清水 幹生

93日(月)の活動内容

常盤台教会のMさんと熱田教会のOさんが到着され、昼から高田方面を案内した。
久し振りに三人なり、奥原先生のお孫さんも、「また人が増えて三人になった」と、喜んでいました。
 
94日(火)の活動
 
午前中は、陸前高田市長部の仮設住宅7所帯と近所の2所帯にお米とお水を届けた。

午後は、信者Sさんの大津波で大被害を受けた会社の事務所が解体され、事務所の後にあったSさんのお母さんの家を改築し、会社の事務所にする事になった。そのために、荷物の移動をする事になり、常盤台教会のMさんと熱田教会のOさん、そして清水の三人で作業しました。

気仙沼教会信者さんSさんも、元気が出て来たのでしょうね。
教会に近い所に、会社の事務所が移れるのですから。

以上で終わります。

2012/09/02

現地報告(9/1-2)

活動日:2012.09.01-02
報告者:清水 幹生

いよいよ9月に入りました。
二年目ももう半年経ちますが、これからもよろしくお願いします。

91日(土)の活動

ボランティアに来る人もなく、現地代表も東京に帰られ、私一人だった。
お水(2リットル入り12)14ケースが、ひかりプロジェクトから届いたが、男手がなく1ケース24kgを教会の玄関前から金光会館まで運ぶのは、68才の私にはちょっと・・・。

午後は教会の月例祭に参拝した。
久し振りに会う信者もおられ、話しも出来て良かった。この方、亡くなられたお父さんさんが夢枕に出てきて、「「今日は何の日だ教会にお参りしろ」と、云われて、こうしてお参りできました」と、語ってくれました。

夕方は、南町紫市場に青森から津軽三味線とねぷたが来てくれて、物凄い熱狂に包まれて東北の祭りに酔い何か良い気持ちになりました。

ボランティア活動で、本当にお役に立っているのだろうか?と自問自答しながら活動しています。
時々、被災者の方から、「こうして貴方と語り合えるのが楽しみなの」と云われて、思わずほろっとする私です。

92日(日)の活動

3日から来るボランティアの人達の受け入れ準備をした。

部屋の掃除布団を干したり、シーツの洗濯、部屋の風通し等忙しい1日でした。

以上で終わります。