2012/09/16

現地報告(9/16)

活動日:2012.09.16
報告者:清水 幹生

916日(日)の活動内容

15日に15名、16日朝1名、夕方3名のボランティア参加者が到着し、清水を含めて総勢20名となった。

活動1: 気仙沼教会信者Sさんの会社事務所の二階にある荷物を、一階に全部移動する作業と窓ガラス拭き作業に取り組んだ。
秋田教会の信者Mさんを含めて16名及び、Sさんを入れて17名で作業に取り掛かった。
Sさんの指示の下、朝9時から僅か2時間でほぼ作業は完了した。
暑い中、昨日から作業していた清水、日本橋教会のIさん、Uさんの3名はいささかバテ気味だった。Sさんから全員に頂いた冷たい飲み物は、本当に美味しかった。

その後は、二手に別れて、一方は午後から行われる五右衛門ヶ原テニスコート仮設住宅での、草刈り後の焼き肉パーティーの材料を買い出しに、他方は、作業の後片付けをした。 

Sさんは、「震災後一年と半年になって、やっと片付いたよね清水さん」と語り、「この事務所の状況を見ていたら、一人では何もやる気が起こらなかった」と、心中を語ってくれた。被災者でない私には、御本人の深い悲しみ・悔しさ・辛さは到底推し量る事は出来ない。黙って聞き、我が身に取り込むだけだった。
あとは、黙々と働くのみでした。
作業に参加して下さった方々、本当にご苦労様でした。 

活動2 :昼食後、230分、草刈りの道具を準備して17名で、五右衛門ヶ原テニスコート仮設住宅に向かった。既に仮設住宅の人達は待っておられた。

3時に草刈り開始、花壇の周り・土手・仮設住宅の東側・北側・駐車場のある南側と広範囲であった。朝方の作業で疲れていたであろうに、皆さん方は黙々と働いた。仮設住宅の人達も20名以上の方々が参加していた。
仮設住宅の人達は、殆ど60才以上である。

 
 
 

 
 
 

 

2時間後の5時には、全て作業は終わりが本当にきれいになった。
 
 
 
 
 

 

 
 
 
5時からは、焼き肉パーティーが開始され、50名以上の人出となった。この仮設住宅は60才以上の方々が殆どで、他の仮設住宅に比べてまとまりが非常に良い。ただ、子ども達が居ないので、寂しい。
それゆえ、東京の学生寮の人達が行くと、とても喜ばれる。

 
 

 
 
 
 
 
 
 信者さんでない方々の中で、初めて参加された方の中にシェフをしておられた方が、焼き肉の味付けをして下さり、皆さん方に喜ばれた。またその方は、仮設住宅の人達一人一人と語り合っていた。素晴らしい感受性の持ち主であるように感じた。
 
 

他団体名のボランティアの方々も数人に参加されて、「お互いに協力して行きましょう」と、交流が出来たのは良かった。
団体名は確か、埼玉県の学校の先生方でしたが、みな定年退職されている方々でした。団体名は「きずな」だったと思う。
7時までの2時間を有意義に過ごし仮設住宅を後にした。

*焼き肉パーティー後の様子と被災地の人間関係を見聞きして、思いを語る。
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
教会に帰ったら奥原先生が待っておられて、「今からミーティングするんだろう」と、言われたら、「先生ミーティングしても良いけれど、皆さん方汗臭いですよ」と、ある人が言った。先生は、「臭いのは嫌だ先に風呂に行け」と言われたので、皆さん方全員、風呂に行く事が出来ました。朝から連続の暑い中での作業でしたから、汗臭いのは当たり前です。良く皆さん方、頑張りました。
風呂が終わりミーティングしましたが、中にはもう目が閉じている人もいました。

それでも、ジャズバー・バレンタインに行った。
バレンタインのオーナーは、いつも「金光さんのお陰でこのように店を開く事が出来ました本当に有り難う」と、感謝される。いまでも店の周りは、大潮になると雨水溝を通じて海水が上がって来て、水浸しになる。
バレンタインのオーナーは最初、南町紫市場の仮設商店街入る予定だった。しかし、仮設商店街の建物では、あの素晴らしき音楽の音は出せない。思いきって、津波で破壊された店を片付けて、リフォームしていち早く開店した。

しかし周りの人々の妬みを受け、辛い思いをしている。
南町紫市場の中でも、仮設住宅の中でも色々と妬みや愚痴をしばしば聞く。
これが人間社会の実態である。
災害があれば、人間の醜さは鮮明に浮き彫りされてくる。

金光ボランティア側でも、色々と考え方の違いがあり、問題が出て来る。教祖の、「人が助かりすればそれで結構でございます」という教えに背いている気がして、時には嫌になり、「もう宇部に帰りたいなあ!」と、最近は思う事が多い。

でも、「清水さんまた来てね」と、被災者の感謝の言葉を聞けば、「帰りたいなあ!」という思いは、吹っ飛んでしまう。
「人間は、どうして生まれ、どうして生きているかということを知らねばなりませんなあ」という、教祖の教えを今一度思い返し、取り組まねばと思っている。
終わり