2011/08/30

現地報告

下記の内容は、2011.08.25の現地報告です。

報告日:2011.08.30
報告者:田中真人

この日は、ふたグループに別れての活動。
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一景閣へ3名
70名が避難された場所と思うと胸が痛くなると宇部東のS氏。この日はお風呂屋根の洗浄をしてカビも落としました。ホテルの入り口付近も綺麗になって会長さんも元気になるのではとも報告されました。
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私、田中は唐桑の公民館体育館へ。
金光大阪のT先生は4名の生徒を、桜口のS師は4名のお子さんと一緒に参加されました。それから、日本橋のT氏・学生寮のK氏・日本橋のKさん、Mさん、Fさ・水戸のYさん・大崎のKさん・青山のTさんの合計19名です。

8月18日に、レポートさせて頂いた写真のスキャンニングですが、スキャンの機器があるのにも関わらず、今まで箱に入れられたままで、使われた事がありませんでした。朝は、まず使われていない新品のコンピューターとスキャナーを箱から4台ずつ出し、テーブルを移動して活動ができる環境作りから始めました。

活動の流れは、3つに分けられました。
支援機構からは
1.写真の洗浄に二人
2.アルバム表紙の写真撮影に3名。
(アルバムの表紙に、アルバムが見つかった場所、管理番号が明記されており、そして本人が特定できるであろう写真がアルバムの上に貼り付けてある。それを手作りの専用撮影台を使いデジカメで撮影)
3.洗浄されてアルバムに入れられた写真を丁寧に取り出し、スキャンしてコンピューターに取り込み、再びアルバムに戻すという単純な内容です。スキャン組は2名一組で、4台のスキャンを担当し、後は、写真をアルバムから取り出す役と、スキャンが終わった写真をアルバムに戻す役です。

夜のミーティングで、「慣れてくると、少しでも多くの写真をとスピードが上がってきて雑に扱ってしまう自分に反省しています」、「大切な写真、丁寧にゆっくりと大切に扱わなくては。流れ作業ではダメ」、「雑に扱う事で、逆にその写真をダメにしてしまう事になる、心を込めて活動にあたらねば」、「ここでの活動を帰ってから人に伝えたい、写真を見ているとその人の人生を感じる」、「この写真の人は、今、無事でいるんだろうか」、時には、声につまり、涙を堪えながら、泣きながら当日の体験談をいくつも分かち合いました。
私は、あるコメントにガツンとノックアウトされました。「自分で本当に大切な写真だったらどう扱うだろうか。写真を両手で持つことにしました」。

私は、活動中に、ゆっくりで良いから丁寧にと何度となく言っていました。そんな私の行動は、心はどうだっただろう。丁寧ではあったかもしれない、でも心がちゃんと入っていただろうか。被災者の大切な写真を扱って活動していたのかもしれません。これを自分の物として受け止めさせて頂く事。ここに心を向けて行くことが大切なんだなぁ、と思います。また近い内に活動に参加させて頂きたい。
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あるにも関わらず、開封すらされなかったスキャナー。
人手が足りていなかった。しかし、この日、偶然(必然でしょうが)にも支援機構のボランティアが19名も体育館にはいる事によって、代表のTさんは、「よし!今しかない!」と背中を押されたようでした。
始まってしまえば、それは動き出す。
この日は、誰もが初めての活動だったので、ぎこちないし、問題点も出てきましたが、それをよい方向へ向けながら走り出しました。Tさんは、目に涙を溜めて本当に嬉しそうにしていたのが印象的でした。
「過去最高の人数がボランティアで来てくれた」とTさん、そして最後に集合写真を撮りたいと言われ、体育館の舞台に移動し撮影しました。新聞の記事にもありましたが、Tさんは、いちご農家をされている方でした。そしてすべてを、津波で流されてしまいました。現在は、市の雇用枠で気仙沼復興協会のスタッフとして活動されています。本日の活動は、Tさんを元気づける事にもなったと感じています。とても穏やかに話しをする人ですが、少し早口になって言葉に力が入り、涙目ながらも笑顔、そんな彼の姿が脳裏に焼き付いています。今後も、継続的に支援させて頂き、何が大切なのかということに心を向け、そしてその先にあるものを一緒に共有できたらと思っています。

学ぶ事が多い、そんな毎日が続いています。
ここに来なければ分からない、感じない、学べない事がたくさんあるなぁ、と私は思っています。

支援機構ボランティアは、門を空けてみなさんの参加をお待ちしています。