2013/12/14

現地報告(12/8-14)

活動日:2013.12.8-14
報告者:清水 幹生

1、128日(日)の活動状況
*朝10時から西八幡前仮設住宅で餅つきイベントを行った。
東新城仮設住宅のFさん(女性)、気仙沼公園仮設住宅のOさん(女性)、小泉中学校グラウンド仮設住宅に居られて現在は、自宅を建てて生活されているKさん(女性)3名がお手伝いに来て下さった。
気仙沼教会からは美紀子先生、関東方面から来られたIさん(男性)と清水の3名を合わせて6名だったが、荷物が多く車の運転者が私一人なので、幹雄先生が3名の方を車で送ってくださった。
*現地に到着後、もち米を蒸し器に入れて早速蒸しあげを開始した。
*もち米が蒸しあがる40分間は、集会所の中で談話が始まった。
やはり女性はおしゃべりが大好きである。Fさん、Oさん、Kさんを加えての話は、やはり震災当時の事が話題になっていた。辛い話ではあるが、話す顔には暗さを感じなかった。
「皆、色々と有ったのよね。ここまで頑張って来れたのはボランティアさんのお蔭だよね」と、「清水さんいつまで気仙沼に居るの?」と、途端に私に質問が飛んで来る。
 「そうね、皆さんが災害復興住宅や住む所が決まって落ち着いた様子を見てから帰るかもね」と、言うと、「奥さんを連れて来たらいいのに」と、迫って来たよ。
「奥さんはね、『私は宇部が良いの、孫を守りしながら暮らしますから、貴方はどうぞ気仙沼でお過ごしください』と、言っています」と、話したら皆さん大笑いでした。
*お喋りを楽しんでいたら、もち米が蒸しあがった。関東から来たIさん、近頃は腰も座り、餅つきが上手になって来た。
そのうちお手合わせに(もち米の粒が無くなるように、臼の真ん中につかれていないもち米を手で寄せたり、ひっくり返す事)住民のKさんが来られて、Iさんとコンビが出来た。





*こうして餅つきも終わり、いよいよ最後のビンゴゲーム。Iさんが担当して下さり、ご婦人の多い住民を上手くリードされて楽しく終わらせることが出来ました。15所帯の中で12名の方が参加されていました。
*Iさんは餅つきを終えて教会に帰り、後始末を済ませて暫く美紀子先生と清水が加わり談話をした。
時間になったので、駅まで車で送り1538分の列車で帰られた。仕事の忙しい中有難う御座いました。
2、129日(月)の活動状況
*午前中、五右衛門ヶ原テニスコート仮設住宅で12日(木)午後130分から5時まで行う、自然治療パームセラピー(手のひら)のチラシを配付した。
*午後、岩手県高田市小友のFさん宅を訪問した。10日ぶりの訪問でした。
当初、行政は、「今建てている散髪屋の所は、津波被害が有った場所だから住居を兼ねた散髪屋には住んでいけない」と、言っていた。しかし、今回、住んでも良いということになり、Fさん大変喜んでおられた。
確かに今回のような大津波が再び襲ってくるような場合は、この場所は危険となる。だからといって、お年寄りを高台の復興住宅へ住ませた場合、買い物とか病院への行き帰りが坂道などが有り、大変な運動量となる。お年寄りには酷な話である。
いざと言う事を考えて、高台へ逃げる道の整備を急いだ方が賢明な策と思えるのだが!!

3、1210日(火)の活動状況
*午前中は各所へ連絡のメールをした。
*午後130分からの気仙沼教会の月例祭にお参りした。
*月例祭終了後、西八幡前仮設住宅で13日の930分から12時まで行う自然治療パームセラピー(手のひら)のチラシを配付した。

4、1211日(水)の活動状況
*午前中、金光会館の掃除及びボランティアの受け入れ準備をした。
*午後、岩手県高田市気仙町気仙町裏仮設住宅のSさんを訪問した。10日振りの訪問である。
Sさんは今年75歳です。結婚してから50年間の事を詳しく話してくださいました。壮絶な50年間だったようで、相当に苦しく辛い人生を歩んで居られます。
そんな中、今回の大津波があり、ご自分のことを一番心配しておられたご長男を、目の前で大津波にさらわれて亡くしておられます。「もう辛くて何の楽しみも無くなってしまい、自殺するところを周りの人が引き留めてくれて今日が有ります」と、話してくれました。
今まで何度か訪問して長話をしますが、今回は全て胸の中にあるものを吐き出されました。
「こんなことでこの人が助かるならば」と、ついつい3時間もお付き合いさせて頂きました。
「詩吟と日本舞踊が私の心の支えです。これが無ければ私はどうなっていたのでしょうかね、今の私は無いでしょう」と、遠い空を見るようにされている様子は何か哀れで暗い影を感じました。目には涙が一杯でした。
またまた一人深く心を寄せて行かねばならない人が増えました。

5、1212日(木)の活動状況
*午前中、cadoccoの清掃作業をした。
1209分関東方面から自然治療パームセラピーの一行3人が到着された。
教会へお連れして、そのまま五右衛門ヶ原テニスコート仮設住宅へと向かった。
*集会所には3人の役員の方々が来ておられて、手厚いおもてなしを受けました。
自然治療パームセラピーの先生Nさんと、一緒に関東から来られた信者Nさんご夫婦はN先生のお弟子さんです。N先生の下で勉強されて資格を取られて、今回わざわざ気仙沼に来て下さいました。
早速、治療を始めて頂くとNさんの奥様は聞き上手な方で、住民の方の話を聞きながら巧みに治療されています。今回は10人の方が治療を受けられました。
*治療を終えてご3人を高田市の様子を見にお連れした。山の木々は倒されて川には木々を倒された山々の土を運ぶ大ベルトコンベヤーの建設が急がれていた。
奇跡の松の影が薄くなり、この土を運ぶ大ベルトコンベヤーの建設様子の凄さが目立っていた。
*高田の帰りに東新城のFさん宅を訪問し、お母さんの症状の様子をN先生に見て貰った。1時間近く治療とお話をして教会に帰った。

6、1213日(金)の活動状況
*朝、9時過ぎに気仙沼教会を出発して西八幡前仮設住宅へ向かった。
途中、鹿折(ししおり)の被災地の様子を見て頂きながら、説明をして現地へと車を走らせた。
集会所には誰も居なかったが、暖房は入っていて暖かった。その内、会長も来られ住民も集まり始めた。
住民の方達は、前回もN先生の治療を受けておられる方が殆どだった。Nご夫婦が治療を始められて、N先生は側で見て居られる。弟子の治療を笑顔で見ておられて、時折弟子が、「先生ちょっと」と、言われた時だけアドバイスされている。
ここの住民は仲が良く、15所帯の仮設住宅だが12名の方が治療を受けられた。

*治療を終えられた方々は、楽しいおちゃっこの始まりである。おちゃっこは賑やかで話が止まる事は無い。
*こうして時間はあっという間に経ちお昼の12時を迎えたので、治療を終えて昼食を南町紫市場の千葉さんのお店フリーダムで頂いた。
N先生曰く、「清水さんここは味は良いしとにかく安い。これは安すぎるからチョット高くした方が良いよ、清水さんから値上げを勧めたら」と、小声で話された。
*昼食を済ませて、松崎松沢仮設住宅へと向かいました。前回も訪問した所です。集会所にはお一人のご婦人が居られて私達が来るのを待っておられました。
*徐々にいつもの顔触れの方々が集まって来られました。
はじめての方もおられました。その方は、N先生が治療を始められて、Nさんご夫婦も次々と治療を始められました。
この治療の良い所は、治療はもちろんですが、治療される先生方が相手の方の話をよく聞きながら、治療する点が良いのです。
治療を受けられる方々、ご自分の身の上話を熱ぽっく話されています。先生方はそれに一つ一つあいづちを打ちながら、「ここは痛くありませんか」と、治療を進めています。
心と心が繋がっているのです。治療を受けられた方は10名でした。
*先生方は午後338分の電車で帰られるので、3時までの2時間足らずの治療時間でした。
しかし、充実した治療で有ったと確信しています。
*松崎柳沢仮設住宅を後にして気仙沼駅へと向かいました。
先生方3名と駅前でお別れしましたが、本当にお疲れ様でした。有難う御座いました。
*私は先生方を見送り、東新城のFさん宅を訪問して、昨日受けられた治療の様子を聞きに行った。明るい顔だったので安心して、そこでテレビを見せて頂いた。今の私はテレビを見る生活はしていない。このFさん宅に来ると、「清水さんテレビを見て行きなさいよ」と、言われるので一緒にサスペンス番組を見て、教会へ帰るような事がたまにある。

7、1214日(土)の活動状況
*午前中はシーツと枕カバーの洗濯と、次に来るボランティアの受け入れ準備をした。
*午後からは現地レポートの作成に取り掛かった。
*現地レポート作成の合間に餅つきイベントの買い物に出かけた。
以上です。
PS. 
気仙沼、1314日は急に寒くなり雪が降って来ました。 寒くて布団を一枚増しました。
21日から来られる方々、寒さ対策を十分されて来て下さい。車で来る方、冬タイヤに履き替えて来て下さい。