2013/11/12

現地報告(11/8-12)

活動日:2013.11.8-12
報告者:清水 幹生
昨日の11日の朝方、僅かですが雪が舞いました。
いよいよ寒い気仙沼が始まります。
全国の皆様方も、冬を迎える事になりますが、どうかお元気でお過ごしください。

1、11月8日(金)の活動状況
*朝から金光会館の掃除開始です。東京方面から5名のボランティアが来られるので寝具の準備もいたしました。
若い女性も来られるので、70歳の私を元気付けてくれるのが有りがたく楽しみです。自分の孫娘みたいなようなもので、孫は爺ちゃん、婆ちゃんを元気にさせてくれる良い薬です。
*12時9分に東京方面からボランティアに来られる方が別途1名いらっしゃるので、急いで出迎えに行った。
*この8日に現地レポートを書きはじめようとしたらパソコンがどうしても入力出来ないので困ってしまいました。
他愛のない事で、ちょっと考えてみたら、キーボードの電池切れに気が付きました。電池を入れ替えてOKとなりました。そうしたら今度は、折角殆ど書き終えたのに、削除のキーを押してしまったのでしょうか、全て消去されてしまい、「ああー」と、ため息が出てしまい、やる気が無くなりました。少々ご迷惑をお掛けしてしまい済みませんでした。
*懐かしいメンバーと新しい方を交えての夕食と懇談、夜遅くまで続きましたが楽しく過ごさせて頂きました。

2、11月9日(土)の活動状況
*気仙沼は久しぶりな人と全く初めての方が居られましたので、気仙沼から北側の田老町までの被災地(高田・釜石市両石(かまいししりょういし)・鵜住(うずまい)・大槌町・山田町・田老町)をご案内した。
車の後ろの席にはリピーターの方と新しい方を加えて車中での懇談が始まりました。助手席には若い女性(リピーターの方)が座って下さり、楽しくお話が出来て良かったです。
被災地は震災直後の様なリアルな場面は殆どなくなりましたが、それでも海岸線の防潮堤は破損されたままで、殆ど修理とかは進んでいません。大槌町、田老町の町作りも殆ど進んでいませんが、山田町の養殖いかだの様子は湾一杯に浮かんでいて見事な風景でした。
足を伸ばし、田野畑村の北山崎のどこまでも広がる大海原に向かってそそり立つ高さ200メートルの大断崖を見学させて頂いた。
釜石市の両石の10メートルの高さの防潮堤:津波の高さは20メートルを超えてい

 大槌町の役場とひょっこりひょうたん島の見える港





浄土ヶ浜と昼食

田老町の防潮堤と山王岩


北山崎の断崖


夕食は、越喜来(おきらい)の嘉宝荘で頂いた。
嘉宝荘の経営者ご夫婦が海に出られて獲られたアワビが料理されて出て来たが、本当に美味しかった。教会には午後9時ごろ到着した。
*夜、17日に気仙沼公園仮設住宅で行う餅つきイベントのポスターとチラシを作成し印刷した。

3、11月10日(日)の活動状況
*午前中は、10時から五右衛門ヶ原テニスコート仮設住宅でおちゃっこをするので準備をして清水を含めてボランティア6名で、訪れました。
*自治会会長、副会長さん達が既に集会所に来ておられて、出迎えて下さった。
金光教東京寮の方達と金光学園OBの方達の紹介をして、自治会会長の挨拶があった。
その内、どんどん参加者が増えて住民の方は16名となり、男性の方達も多く参加して下さった。30分談話をした後、ジャンケンゲームをして楽しんで頂いた。景品は4種類でしたが全員に行き渡るだけの物は準備した。
やはり、お米は早く無くなりましたが、ジャンケンゲームは皆さん喜んで頂いたようです。ジャンケンゲームの担当を東京寮の女性にお願いした事が、雰囲気をより盛り上げたような気がしました。
ジャンケンゲームの後も談話は続きましたが、住民同士の談話もあり、その内容をボランティアの人達が聞いていました。ボランティアの人達はそうした住民同士の話の内容を聞いて、仮設住宅の現状を知る事が出来たと思います。勿論、ボランティアの人達が直接、住民の方達と談話する事も良い経験になったと思います。



*岡山方面から男性1名がボランティアに来られて、これでボランティアに来られた人数は私を含めて7名となりました。
*午後1時30分からは気仙沼教会の月例祭にボランティア全員で参拝した。
月例祭の後は談話室でおちゃっこした。途中で清水は、気仙沼公園仮設住宅へ17日予定の餅つきイベントのチラシを配付に行った。
*夜は、夕食を兼ねて懇親会みたいなものをしながら、東京方面から来られた5名は今夜が最後なので、楽しく賑やかに過ごしながら色々と談話が出来ました。

4、11月11日(月)の活動状況
*朝8時30分過ぎに、東京からのボランティア5名と岡山方面からの1名の方を南三陸の被災地(気仙沼の一景閣ホテル周り・小泉・志津川)を案内しながら、女川・東松山・奥松島を経由して松島までご案内した。
昼食をして松島を見学後、東京寮の4名は寮監の運転で東京へと帰られた。もう1名の東京から来られた方は、松島海岸駅から列車で東京へ帰られました。
皆さん4日間ご苦労様でした。有難う御座いました。
南三陸の小泉・志津川・石巻の大川小学校








<松島>

*清水と岡山方面から来られた方は、奥松島の月浜仮設住宅へ向かい、18日のイベントのチラシを配付した。自治会会長ご夫婦にもお会いする事が出来ました。
「天気が良ければ18日頃から海へ出て作業(養殖)が始まるかも」と、話しておられた。
教会には午後7時前には到着できました。無事、事故もなく運転できました。有難う御座いました。

5、11月12日(火)の活動状況
*朝、現地レポート(11月1日~11月7日)を完成させた。
この後、蔵内・小泉小学校の仮設住宅で岡山方面から来られた方と一緒にお水を配付した。
*午後からは、岡山から来られた方を高田市の被災地をご案内した。
*現地レポート(11月8日~11月12日)を完成させた。
以上です。

2013/11/07

現地報告(11/1-7)

活動日:2013.11.1-7
報告者:清水 幹生

皆様こんにちは!!
11月になりました。
昨年よりもかなり暖かいと思いますが、皆さんの所はどうですか?
紅葉はいよいよ最後となってきて、落ち葉が舞っています。
被災地は、建物の土台の撤去が急速に進んでいます。
土台の撤去が終われば嵩上げ(かさあげ)工事になります。
気仙沼から北の漁業関係も復興の兆しが見えてきました。越喜来(おきらい)の嘉宝荘の経営者ご夫婦は、女将が「清水さん今日はね海に行って18kgもアワビを取って来たのよ」と言われた。ごく最近まで、「もう海には行かないよ」と、云われていたので、びっくりしました。
大震災後2年と7ヵ月経った今、女将ご夫婦の心を変えて来たのでしょう。
良い兆しを見させて頂いた!!神様有難う御座いました。 
<教会の周囲の風景(11/2)>


1、11月1日(金)の活動内容
*朝6時過ぎに芝教会のYさんが到着された。
Yさんが来られるという情報が本部の方から現地には届いていなかったので、急いで金光会館に睡眠や休憩が出来るように準備し、朝食も一名分増やして頂いた。
*午後からは気仙沼教会の霊神祭(月例祭)に参拝した。

2、11月2日(土)の活動状況
*4日の気仙沼公園仮設仮設住宅での餅つきイベント用の買い物をした。
*昼からお米を150kg購入し、Yさんと小分けした。

3、11月3日(日)の活動状況
*午前中、Yさんをお連れして岩手県高田市気仙町長部(おさべ)の仮設住宅にお水とお米を配付した。祭日と言う事もあり、住民の方達が多く出て来られて配付を手伝って下さった。

*午後からYさんを気仙沼市の一番北側の大沢地区、岩手県高田市の気仙町、高田市の被災地跡を案内した。
先日、特別現地報告をした大沢地区では賀茂神社の祭りと、大沢地区に流れている青野沢と云う川に鮭が遡っている様子を見学した。



*高田市の奇跡の一本松辺りで、気仙町側にある山を削り大津波で流された高田市内をかさ上げする為の土を運ぶ装置が建設中でした。


*夕方、4日の餅つきイベント用のもち米10kgを、洗い浸した。
*芝教会のYさんは夜行バスで東京へ帰られた。ご苦労様でした。

4、11月4日(月 祭日)の活動状況
*朝6時過ぎに乙島教会のI先生が到着された。
*気仙沼教会の信者Sさん、Oさん、そして幹雄先生と美紀子先生、乙島教会のI先生に清水を加えての6名で餅つきイベントを行う為に、小泉中学校グラウンド仮設住宅に向かった。
現地に着き、集会所の玄関前に餅つきの準備をして、集会所の中はビンゴゲームとジャンケンゲームの準備をした。
準備をしていると、自治会の会長の奥さんと住民の奥様達が数人手伝いに来られた。
*羽田太鼓のメンバー15名が到着されて、餅つきの臼等を取り囲むように太鼓を並べられて、餅つきを盛り上げられるように準備された。
*10時過ぎにいよいよ太鼓の演奏が開始されて、徐々に住民が集まり始めた。
蒸かし器が準備されて、もち米の蒸かしが始まった。




*気が付いてみたら、住民は60人以上の方が参加されていた。今までにない人の集まりである。これも日頃から会長の所に顔を出していたことが良い方に進んだのかもしれません。ご夫人たちも餅つきのお手伝いをされて、本当に盛り上がりました。
特に、自治会会長夫婦は餅つきと手合わせをご夫婦でやられて、その様子は絵になりました。本当に息がぴったりで皆の拍手喝采を浴びました。
住民の若い人ご老人も次から次へと餅つきに参加され、幹雄先生、乙島教会のI先生も餅つきをされました。
清水と気仙沼教会のSさんの出る幕は有りませんでした。



*餅つきの終わる寸前に再度羽田太鼓の演奏をして頂き、今度はトラ舞もあり住民は大喜びであった。
最後に集会所の中でビンゴゲームとジャンケンゲームを行い、いつもの通り非常に盛り上がり賑やかに楽しく過ごせたようである。

*12時30分に後片付けも無事に終わり、幹雄先生・美紀子先生・乙島教会の若先生I生・気仙沼教会の信者Sさん・Oさん6名は教会に帰り、清水は奥松島の月浜仮設住宅に18日のイベントの打合せに向かった。

5、11月5日(火)の活動状況
*朝8時過ぎに岩手県宮古市田老町の田老サポートセンターへ、乙島教会の若先生Iさんをお連れして途中途中は被災地(気仙沼の大沢地区、高田、大槌町、山田町、田老町)をご案内しながら向かった。
乙島音楽コンサートを来年の夏に行う事での打合せである。
田老サポータセンター の担当者Nさんと話し合い来年の8月17日(日)の10時から12時までの演奏が決まった。
<大槌町の大津波で破壊された旧大槌町役場> 



I先生を岩手県の田野畑村の鵜の巣断崖にご案内して、午後7時ごろ教会に帰った。 



6、11月6日(水)の活動状況
*午前中乙島教会のI先生とお米の小分けをした。
*午後、小分けしたお米を岩手県高田市気仙町要谷(ようがい)と、高田市気仙町裏仮設住宅へ配布した。
*夜、10日の五右衛門ヶ原テニスコート仮設住宅でのおちゃっこのチラシを作成し印刷した。

7、11月7日(木)の活動状況
*朝の御祈念の時、急に、土葬された御遺体を掘り起こす時の立ち合いをお願いされて、立ち会った時の様子とその周りの様子が、鮮明に浮かび出された。
「現地にお参りせよ」と、神様から云われたような気がして、朝食を済ませた後現地に向かった。
乙島教会のI先生が、「私も一緒にお参りしても良いですか」と、云われた。断る理由もありませんのでお連れして御祈念して帰りました。
いつも思い感じる事は、朝の御祈念の時、色々な思いをさせられることが有りますが、それは神様からの何らかのお知らせと感じています。
*9時からはcadoccoの掃除を乙島教会のI先生と一緒に行った。
*昼前に五右衛門ヶ原テニスコート仮設住宅で10日のおちゃっこの開催チラシを配付した。
午後から乙島教会のI先生と一緒に越喜来(おきらい)の杉下仮設住宅に行き、乙島音楽コンサート開催の打合せを行い、来年の8月19日(火)10時から12時までの開催が決まった。
杉下仮設住宅の帰りに嘉宝荘に寄り、女将とおちゃっこした。
*乙島教会のI先生は午後10時24分の夜行バスで帰られた。
ご苦労様でした。

【つぶやき】
現地レポートについて、今までも何度かクレームがありましたが、今回新たにクレームがありました。
諸事情が色々とありますが、説明は省きます。
どなたにも気持ちよくボランティア活動に参加して頂きたいので、これまでは教会名とかお名前をAさんとかBさんとかで紹介するようにしていましたが、そのような事は今後しないようにします。例えば、「岡山から来られた方とか、東京から来た方」と、いうような形で表現するようにいたします。
写真等も出来るだけ参加者が単独で写っているようなものは避けて、出来れば風景とかイベントであれば多くの方が写っているようなものを載せるようにいたします。
レポートも、内容についてはあまり詳しくはしないで、様子のみを載せるようにいたします。少々味気ないものになるとは思いますがご了承下さい。
次回からはこのように致しますので御理解下さい。
ご意見が有ればお知らせ下さい。
以上です。

2013/11/03

特別現地報告(11/3)

活動日:2013.11.3
報告者:清水 幹生
11月3日:気仙沼市の一番北側に当たる大沢地区のお祭りの様子
*芝教会から来られたYさんを高田市の被災地を案内するつもりで、国道45線を北に向けて走らせた。
ボランテイアに来られた方は御存じだと思いますが、高田市と気仙沼市との境に大沢地区という所が有り、国道45号線沿いに今にも崩れそうな賀茂神社があります。そこを通りかけたら、賀茂神社のお祭りに遭遇しました。
このお祭りは毎年行われていたもののようで、地元の人達だけで準備し、楽しく賑っていました。
各地方からボランティアが来て行うイベントと違って、地元民が災害を乗り越えようとする気概を感じました。本当の復興は被災地自身でやる気を起こしてこそ、「俺たちの町作り」が、始まるのです。
「あなた任せではない!!」のです。
出店に五右衛門ヶ原テニスコートで夏祭りを行った時のお爺ちゃんとおばさんに出会った。「その時は御世話になりました」と、云ったら、「いやいや!」と、言ってにこやかに手を振って下さった。
ちゃんと顔を覚えていて下さった。嬉しかった。
この賀茂神社の側には青野沢という川が流れています。この川を津波はさかのぼり家等を壊し流してしまいました。
この川を鮭がさかのぼって来ていました。
「震災前は川一杯に鮭が居ましたが、今はこの程度です」と、地元の若い男性が話してくれました。
祭りや鮭がさかのぼっている様子の動画と写真を添付しますのでご覧ください。


  





 


 以上です。